小磯國昭関連エントリー

小磯国昭『葛山鴻爪』

小磯の自伝をぱらぱらと読み返した。獄中で書かれた900ページを越える大著だ。装丁や外箱まで自分でやるなど芸が細かい。 日韓トンネル議連とかいうのがあるらしいが、日韓トンネルといえば小磯である。 ...

小磯国昭『葛山鴻爪』

(1)大東亜戦争は正当防衛であった

... 東京裁判 で訴追の対象となったのは昭和3年以降だが、昭和4年の 田中義一 内閣 から昭和19年の 小磯国昭 内閣 まで、16もの 内閣 が倒壊しており、 侵略戦争 の共同謀議など計れるはずもなく、日本の方が遥かに民主的でさえあったのだ。 ...

(1)大東亜戦争は正当防衛であった

同胞を”戦犯”と呼ぶ愚かな日本人

... 小磯国昭大将の弁護人だった三文字正平によって進められていた。三文字弁護士は、米人弁護士のブルウェットに相談し、彼を通じてGHQに処刑されたA級戦犯の遺骨を遺族たちに渡せるように嘆願していたのである。 ...

同胞を”戦犯”と呼ぶ愚かな日本人

1937年南京攻防戦の総括

... 小磯国昭被告担当のブルックス弁護人が反対訊問 ・ 南京攻防戦「百人斬り報道」の真実が語る毎日新聞及びテレビ・マスゴミの醜悪 ・ 朝日新聞社と中国共産党の大喧嘩 ・ アメリカに対 ...

1937年南京攻防戦の総括

滅亡えの道、大日本帝国は音を立てて崩壊、無気力人間の誕生 ...

... インパール作戦失敗の報に接した後の7月18日に倒壊、代わって7月22日陸軍大将小磯国昭が、日露戦争以来陸軍がロシア、海軍がアメリカを主要想定敵国として作戦計画を立てていたことに根幹を有する ...

滅亡えの道、大日本帝国は音を立てて崩壊、無気力人間の誕生 ...

小磯國昭とは?

小磯 國昭(こいそ くにあき、1880年3月22日 - 1950年11月3日、明治13年 - 昭和25年)は、日本の第41代内閣総理大臣。陸軍大将 従二位 勲一等 功二級
因みに、「國」は「国」の旧字であるため、小磯国昭とも書かれる。
宇都宮市 宇都宮(栃木県)に山形県士族で警察署警部の長男として生まれる。陸軍士官学校 (日本) 陸軍士官学校(12期)・陸軍大学校(22期)卒業。陸軍省軍務局長・関東軍参謀長・朝鮮軍司令官・朝鮮総督などを歴任。1922(大正11)年の欧州航空兵力視察の経験から、空軍力の充実が持論であった。1948(昭和23)年、戦犯として終身禁錮刑となり、巣鴨拘置所(巣鴨プリズン)内で病死。享年70。

小磯國昭の詳細